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映画『えんとつ町のプペル』のあらすじ・感想【ネタバレ有】

  • 2021年2月17日
  • 2021年2月18日
  • アニメ

こんにちは!ムビ8管理人のアイランドです!

本日は映画『えんとつ町のプペル』のあらすじや感想などを紹介していきます!

本文にはネタバレを含みますのでご注意ください!

まずは公式の予告編をご覧ください!

作品情報

監督:廣田裕介
キャスト:
原作/脚本/製作総指揮:西野亮廣
プペル・窪田正孝
演出:大森祐紀 他
ルビッチ・芦田愛菜
劇場公開日:2020年12月25日
ローラ・小池栄子 他

簡単なあらすじ紹介

厚い煙に覆われた“えんとつ町”。煙の向こうに“星”があるなんて誰も想像すらしなかった。一年前、この町でただ一人、紙芝居に託して“星”を語っていたブルーノが突然消えてしまい、人々は海の怪物に食べられてしまったと噂した。ブルーノの息子・ルビッチは、学校を辞めてえんとつ掃除屋として家計を助ける。しかしその後も父の教えを守り“星”を信じ続けていたルビッチは町のみんなに嘘つきと後ろ指をさされ、ひとりぼっちになってしまう。そしてハロウィンの夜、彼の前に奇跡が起きた。ゴミから生まれたゴミ人間・プペルが現れ、のけもの同士、二人は友達となる。そんなある日、巨大なゴミの怪物が海から浮かび上がる。それは父の紙芝居に出てきた、閉ざされたこの世界には存在しないはずの“船”だった。父の話に確信を得たルビッチは、プペルと「星を見つけに行こう」と決意する。しかしこの町の治安を守る異端審問官が二人の計画を阻止するために立ちはだかる。それでも父を信じて、互いを信じあって飛び出した二人が、大冒険の先に見た、えんとつ町に隠された驚きの秘密とは?

引用:https://poupelle.com/

夢を追うものを嘲笑する現代社会への風刺

「挑戦者が笑われる世界を終わらせに来た」西野さんはこう語っています。

一生懸命頑張っている人って様々ですよね。

「スポーツ選手になりたい!」「病気の家族を救いたい!」こんな目標も挑戦の一部であり、世間的には批判的な感情を抱く人は少ないでしょう。しかし、「社長になりたい!」「ディズニーを超えたい!」こんな目標へ挑戦する方に対しては、批判的な意見が挙がるのをよく見受けます。なぜなのでしょうか?

同じ挑戦のはずなのに、なぜこうも意見が食い違うのか。

「お前じゃ無理だ」「うさんくさい」「できるわけないだろう」

挑戦を嘲笑する方は、何かに本気で向き合ったことがあるのでしょうか?それとも過去にこういった挑戦を試みたに関わらず、嘲笑され断念してしまったのでしょうか。それならなぜ同じことをしてしまうのでしょうか。挑戦を素直に称賛し、応援することは誰にでもできるのに、前例のない未知の領域に挑戦する者を批判的な意見で潰してしまうのは、本当にもったいないと感じます。

全てがそうではないと感じますが、そういう人がいるのも事実です。

私自身、西野さんが好きでもないし、嫌いでもありません。

でもこの作品は個人的には素直に面白かった。それだけなんです。

西野信者が怖いとか、西野は勘違い野郎とか、よくネットニュースで騒がれていますよね。

それでもこの『えんとつ町のプペル』という作品を叩く理由があるのでしょうか?

西野さんは「『えんとつ町のプペル』は僕自身の物語でもあります」とも語っていますが、あくまで作者は作者であり、作品は作品です。観てもいないのに批判するのは論外ですし、観た上でも「感動させたいのがみえみえで萎えた」という感想を残す方も理解できません。別に作品はここで感動しろ!と話すわけではないのですから。西野さんへのネガティブな感情によって作品の評価を下げてる方も少なからずいらっしゃると思います。

「挑戦者が笑われる世界を終わらせに来た」

別に終わらせに来てもいいじゃないですか。

私は西野さんの挑戦は純粋に素晴らしいことだと思いました。

基本的に何を言うのも個人の自由かもしれません。挑戦をバカにされて夢を潰されたり、気持ちを踏みにじられたと感じる人へのエールのようなメッセージを批判するのも個人の自由かもしれません。ですが、そんな批判的な意見が少なくなれば、もっといい世の中になるのではないかなと思うんです。

是非この『えんとつ町のプペル』自体から何かを感じて欲しいですね。

STUDIO4℃が手掛ける素晴らしい映像美

「ディズニーを超える」こう明言している西野さんの気持ちが理解できました。

作り込まれたユニークかつ美しい独特な世界観。構想に何年もかけており、映画化を見越して絵本の『えんとつ町のプペル』という作品を生み出したようです。そこでタッグを組んだのがSTUDIO4℃でした。

STUDIO4℃と言えば、他にも『鉄コン筋クリート』や最近では『海獣の子供』を手掛けたことで有名です。今回の映画化にあたり、プペルの複雑な配色(なんと130色以上も使われているそうです!)や、絵本さながらのタッチを表現するのにかなり苦労し、これらの条件を的確に世界観に落とし込むために、スタジオ初の長編フル3DCGでの製作に至ったようです。

えんとつの煙や町の複雑なビジュアルは、美観的にも物量的にも困難を極め、レイヤーは800を超えるなど、あまりのデータ量の多さにPCは悲鳴を上げていたそうです。そんな中でも『えんとつ町のプペル』を素晴らしい作品に仕上げたいという、STUDIO4℃の熱意がこもった作品でもあるんですね。

えんとつ町の独特な世界観と映像美によって、心をグッと引き込まれることでしょう。

ルビッチとプペルの出会い

さて、やっとこの物語の本題に入っていきます(笑)

ルビッチは幼くして父親を亡くしており、母親のローラと暮らしています。ローラが病弱の為、えんとつ掃除屋として働き、家計を助けています。仕事ばかりのルビッチには友達もおらず、町がハロウィンパーティーで浮かれていても、関係なく仕事をしていました。そんなハロウィンの夜、空から心臓が降ってきます。心臓はゴミ置き場に墜落し、周囲のゴミを引きつけ、ヘンテコな謎のゴミ人間が誕生しました。

ゴミ人間は、ハロウィンパーティーに参加し、その仮装ぶりから周囲に称賛されますが、この姿が本物であると知った民衆の態度は一変し、ゴミ箱に隠れますが、そのままゴミ収集車に積み込まれてしまいます。ゴミ収集車から助けを求めるゴミ人間を、ルビッチは仮装している人が大変だ!と助けに行きます。

お互いの正体を知らないまま、焼却されるところを命からがら脱出し、やっとの自己紹介をする二人。ゴミ人間には名前が無く、幼い頃に父の紙芝居でみた“プペルの大冒険”と重なるゴミ人間にルビッチはこう名付けます。

「君の名前はプペル。ハロウィンに現れたから、ハロウィン・プペル!」

名前を気に入ったプペルはルビッチの願いを聞くといいます。これに対してルビッチは「じゃあ、僕と友達になってよ!」と言って二人は友達に。そして、えんとつの上で空を見上げながら、あるかわからない星の存在について語り、プペルとルビッチの間に強い絆が生まれるのでした。

外の世界が消えた理由

ルビッチたちが星を見ようとするのは、国の違反行為だということで、国の異端審問官なるものが動き出します。ルビッチたちを探し、処分しようと国に指名手配されてしまいます。

なぜこんなにも必死に星を見られることを拒むのか。それには、この国ならではの哀しい過去が影響していました。遠い昔、金や権力に惹きつけられた人間は、争い傷つけあっており、それを憂いた当時の国王が、お金を時間とともに腐るようにしました。これにより、お金を貯め込まず消費に回り、経済が活性化され、豊かな国となったのです。しかし、こんな豊かな国が他国に狙われないわけもなく、国を移転させることを決心したのでした。その結果、誰にも知られない土地で、国をえんとつの煙で覆い、自国を他国から守るために、外の世界を消したんだそうです。これが代々受け継がれ、現在に至ります。国は国と国民を守るために、星を見られるのを拒みます。これだけを考えれば、国がしたことは妥当であったのかもしれません。

しかし、この過去を知らない国民は、星を見たといえば異端審問官に拘束され、星を見ることはいけないことだとして、星の存在は幻想として意識の奥に葬り去られていたんですね。そこでルビッチたちが立ち上がり、星を見るために、国民に星を見せるために、とある壮大な計画の実行に繋がったのです。

星を見るための無茶な計画とは?

星を見るための計画とは、とても無茶な方法でした。

船を風船で浮かせ、空を覆う黒いえんとつの煙を爆破によって消し飛ばそうという、かなり危険で無茶な行為です。現実的ではありませんが、それくらい突拍子なアイディアで何かを変えるといったメッセージを感じます。

炭鉱夫に無煙火薬を借り、お父さんが過去に乗っていたボロボロの船を風船で飛ばし、煙を爆破で吹き飛ばすというところにはロマンを感じますが、普通に考えたら、国民にも被害が及ぶかもしれない、危険な行為です。ですが最終的には、えんとつ掃除隊と異端審問官の戦いに、民衆が参戦し、ルビッチのやることを肯定するのですから、夢を追いかける者の姿は人の潜在意識を変えるといったことを表現しているのでしょう。

ルビッチをいじめていたアントニオも過去に流れ星を見たことがあるそうです。だけど、それは見なかったことにして心の中では星の存在に胸を膨らませていたそうなんですよね。

つまり頑張る人の姿は、様々の人の心に響くってことです。

プペルの正体とは?

プペルは突然空から落ちてきた心臓によって生まれました。

身体はゴミからできており、耳や目もそのゴミによって機能しています。そしてプペルを動かしている大事な部分、脳にはルビッチが昔に落として以来見つかっていなかった、父親の形見である青色のブレスレットが使われていたんです。

プペルはルビッチに体を洗ってもらっていたのにも関わらず、いつも臭く、ルビッチに怒られたこともありました。しかし、それはルビッチが無くしたブレスレットを探しに、毎日ゴミ山に行っていたからなんですね。ある日、いつものようにゴミ山を探していたところ、ゴミ山から転がり落ちてしまい、その拍子に頭の傘が開きました。その時に気がついたんだそうです。

ルビッチのがずっと探していたブレスレットを返そうとしますが、プペルが消えることを懸念し、受け取りを拒否します。

プペルは父親の一部を体に宿し、ルビッチの前に現れました。

父親のブルーノは船に乗って外を目指していたところ、異端審問官との小競り合いが起き、その際に不慮の事故として亡くなりました。ルビッチの夢を後押しする為に、父親が天から別の姿となり(紙芝居に出てくるプペルとして)助けに来たと考えるのが妥当な気がします。

ブルーノの鼻をこする癖であったり、ルビッチにした「上を見ろ」という声掛けを、プペルが無意識に行うのです。ルビッチもその姿に父親の姿を重ね、「父ちゃんなんだね」と語りかける場面もありました。そして、煙を爆破で吹き飛ばし、その先には美しい星空が広がっていました。この瞬間世界は変わったのです。プペルは「頑張ったなチビ」と言って、ブレスレットを残し、崩れ落ちます。そして心臓は輝く空の一等星として、さらに大きく光り輝くのでした。

つまりプペルの正体は父親のブルーノこれで決まりです。

物語的にはプペルの正体はブルーノだと思いますが、本質的な正体にはもっと深い別のメッセージが隠されていると思います。そちらに関しては、まとめの方で語るとしましょう。

アイランドの感想まとめ

この作品をまとめると

  • 夢を追いかける者たちへの応援歌
  • それを嘲笑する現代社会への風刺
  • 親と子の深い絆

以上のような感じだったと思います!

この作品の評価はとても両極端です。私はこの作品が好きです。

両極端な評価。ここにプペルの本質的な正体の答えがあると思います。

プペルはゴミ人間でしたよね。

ゴミは人が知らず知らずのうちに捨ててしまっていた、夢や希望であり、

臭いと嫌がる人は、まさに夢や希望を批判するような方なのでは?

だから夢を追いかける者たちへの応援歌として共感する方の心には深く響き、それを嘲笑する者は、批判的な感想を残すのでしょう。たしかに、プペルたちがしたことは危険な行為です。星を見るという夢の為に、国の位置が外国にバレ、国民に危険が及ぶかもしれません。でもこの作品が伝えたいことはそんなことではないんです。

プペルは夢や希望という名のゴミを纏い、人々の前に現れるのですから、皮肉のようにも感じますね。ですが、プペルがいたからこそ、ルビッチは夢を諦めずに、星を見ることに成功しました。夢を捨てずに諦めずに、頑張ったからこそ広がる星空なんです。つまりプペルは夢そのものなのではないでしょうか。

プペルは捨てられた夢や希望が生み出し、それを人々に届けるゴミ人間だったのです。

他の誰もみていなくてもいい。

黒い煙のその先に、お前が光を信じたのなら、行動しろ。

思いしれ。常識に屈するな。

信じ抜くんだ、たとえ一人になっても

引用:『えんとつ町のプペル』ブルーノのセリフより

あえて私は多く語りません。この言葉がすべてだと思います。

親と子の強い絆ですね。こんなアドバイスができる親になりたい。

悪いところではなく、良いところを見ましょうよ。

少なくとも私には、頑張っている人は星のように輝いて見えます。

そんな人を応援したいと、私はこう思うんです。

以上、賛否両論ある映画ですが、その材料とは関係なく、作品自体を素直に楽しんで欲しいと思います!映像美や俳優の吹き込むキャラクターの声、ロザリーナさんの主題歌にも注目です!

素直な心で是非ご覧ください!それでは、また~!